2017年、ルーカス・ポドルスキ。
2018年、アンドレス・イニエスタ。
2019年、ダビド・ビジャ。
ベテランの域に達したとはいえ、ワールドカップ優勝をチームの主力として経験したワールドクラスのプレイヤーを3年続けて獲得したチームが、日本にある。
ヴィッセル神戸。
港町・神戸を本拠とするこのチームは、過去にミカエル・ラウドルップという世界的名手を擁したことがあるとはいえ、お世辞にも日本で優秀な戦績を残してきたとは言い難い。
が、オーナーはあの世界的企業、楽天だ。資金繰りの体力に関していえば、国内トップクラスといって過言ではないだろう。
そう、カタールでもアメリカのMLSでも中国のスーパーリーグでもなく、Jリーグに、いつ以来だろうか、大物プレイヤーがやってくるようになったのは、DAZNによる放映権料の影響も大きいが、世界に羽ばたく楽天の影響もまた大きいのだ。
ヴィッセルがワールドクラスのプレイヤーを補強し、めざしているのは楽天がスポンサードしている、世界トップに君臨するクラブ「バルセロナ」だといわれている。
そしてそのために、「グアルディオラの師」と呼ばれるリージョを監督に迎え、いよいよJリーグを席巻する…かと思われた2019年。
どこで歯車が狂ってしまったのか、いつのまにかリージョは退任、急遽登板した前監督でもある吉田監督も立て直しはかなわず、降格争い圏内に巻き込まれてしまい、そしてさらなる監督交代がアナウンスされた。
実はヴィッセルは今期、大物外国人だけではなく、日本人の補強にも力を入れ、代表クラスの選手を獲得している。
にもかかわらず、この苦戦ぶりだ。なぜなのだろうか。
…と、素人なりに考えて気づいた。
これはプロスポーツの特殊な世界の話であるはずだが、結局のところ我々のビジネスやマーケティングがうまくいかないケースとも共通の要因があるのではなかろうか、と。
スターを揃えても勝てない。ツールだけ揃えてもうまくいかない。
大金を投資し、スター選手を揃える”だけ”では勝てない。
プロスポーツチームの話として聞けば納得感満載のこの話だが、似たようなことを構想し、あるいは実行し、そして失敗しているケースは実はマーケティングの世界には少なくないのではなかろうか。
SFA、MA、CRM、DMP…――個別のツールの名前を出すことは控えるが――こうしたツールを導入すれば魔法のように課題が解決しマーケティングが成功するかのように、「ツールの機能」や「ツールを使った成功事例」がもてはやされていることに、心当たりはないだろうか。
「いや、私はツールを導入すれば魔法のように課題が解決しマーケティングが成功するなんて考えていない」
多くの人はそう言うかもしれない。
だが、そう言っている人に限って、「このツールがいいらしい」とか「うちの会社はまずこのツールを導入するべき」というような、ツールありきの発想になってしまっていないだろうか。
それは、ある意味において「スター選手を獲得すれば勝てる」というのと同じ発想だろう。
本当に「スター選手を獲得すれば勝てる」のか。
ヴィッセルを思い出してほしい。そんなに甘くないからこそ、苦戦している彼らのことを。
そう、スター選手が”揃っているだけ”では不十分なのだ。
その選手たちの才能を生かすための環境――チームとしての戦略・試合ごとの適切な戦術・連携の成熟――などが必要であり、それらの要素がすべて揃わなくては、チームとして成功を掴むことは難しい。
おなじように、ツールがどれだけ優秀であり成功実績のあるものであっても、それ自体がマーケティングの成功につながるものではない。
そのツールに至るまでの戦略やツールの効果を最大化するための体制やワークフローの整備、そして各施策と連動させてどれだけ使いこなせるのか。
ツールそのものより、そうした周辺の環境整備の方が優先して考慮されるべきだし、成功のためにより重要だと、僕は思う。
Jリーグは特殊だから難しい!?戦場の特殊性を考慮することが、必要だ。
さて、Jリーグというのは世界的にもあまり見られない混戦のリーグだ。
昨年優勝したチームが、翌年には降格争いをしていたり、リーグの約半分のチームが降格争いをしてあまり勝ち点差がついていなかったりする。
と、いうとエキサイティングでおもしろいリーグのように見えるのだが、残念ながら個人的にはあんまりおもしろくないと思っている。
なぜかというと、リーグとしての構図が不透明なのだ。
ヨーロッパのリーグがおもしろいのは、数チームの強豪チームを中心とした「構図」があるからだ。
たとえばスペインなら、バルセロナとレアル・マドリードという2強が君臨している。そこに最近ではアトレティコ・マドリードが割り込むことは定番となってきている。
その3チームに続く「CL出場」「EL出場」あたりの争いからは混戦で、その時のメンバーや監督などの状況によって、意外なチームが上がってきたりする。このあたりはJリーグと変わらない「混戦のおもしろさ」かもしれない。
だが、「混戦がおもしろい」のは、基本となる構図があるからだ。たとえば2018-19シーズンはレアル・マドリードが不調だった。そうすると、その不調の強豪(なんとCL3連覇中…!)が次々とリーグで蹂躙され、負けを重ねていく。
…といっても結果は3位だったのだが、こうした「基本となる構図」が見えたうえで、「その構図が崩れる何か(強豪チームの不調、弱小チームの躍進、中堅チームの強豪化…etc)」が見られるのを、僕はおもしろいと感じる。
一方でJリーグにはその「基本となる構図」自体が見えない。長年の強豪と呼ばれるチームや、リーグ連覇中のチームがあるが、そこがなにか圧倒的に強い(たとえば日本代表の国内組はほとんどそのチームから出てくるとか)というわけでもない。
結局僕は、カズの全盛期、日本代表を数多く擁するヴェルディが圧倒的に存在感があり、それにサンフレッチェやアントラーズ、マリノスなどが負けじと競っていた時期、あるいはその後のアントラーズとジュビロの2強時代、というJリーグが好きだったから、やっぱり分かりやすい構図が好きなのだと思う。
まあ、ここの良し悪しはそれぞれに意見があるというところで良いのだが、ここで言いたいのは、ヴィッセルのようなアプローチは、Jリーグの特殊な環境あるいは日本サッカーの独特のバックグラウンドゆえに成功が難しくなっているのではないか、ということだ。
これはヴィッセルだけでなく、たとえばスペイン人監督を招聘しフェルナンド・トーレスなどを補強したサガンの苦戦ぶりを見ても感じることだ。
ひょっとするとヨーロッパのある程度構図が固まっている中で躍進していくうえで、あるいは逆にカタールや中国のような環境で覇権を取るうえではヴィッセルやサガンのアプローチは間違っていなかったのかもしれない。
だが結局Jリーグでは、戦術的あるいは海外での実績でいうところのいわゆる優秀な監督や、スター選手がいることよりも「Jリーグで勝てる方法を知っている」ことの方が必要なのだろう。
前置きが長くなってしまったが、これはマーケティングを取り巻く環境においても似たようなことがいえる。日本というマーケティングが根付いていない、そしてブランドの重要性への理解が低い環境。
マーケティングはジョブローテーションの一部で専門職とはみなされていなかったり、縦割り組織で施策ごとに担当も予算も分断されていたり、経営層にマーケティングをちゃんと理解している人がいなかったり…。
いまや世界的に見てもここまでマーケティングが軽んじられている環境は特殊といって差し支えないのではなかろうか。
それだけでなく、独自の文化や商習慣の影響により、BtoBでは購買行動が読みづらいという面もある。意思決定の理由が「日頃お世話になっているから」とか「昔からの付き合いで…」とか、もはや意味不明なのだが決して珍しくもないだろう。
そうすると「スター選手や海外の名監督を連れてくるより、Jリーグで勝てる方法を知っている」ことが重要であるように、マーケティングやブランドの本質かどうかはさておいても、「自分たちの業界、日本の市場で成功する方法を知っている」ということは、やはり一定必要といえるだろう。
とすると、マーケティング先進国の取り組みや事例、そしてツールは、そのまま日本に当てはまるわけではない。
逆に日本という特殊な環境での取り組みや成功方法が、マーケティングやブランドの本質を表しているとは限らない。
こうしたことを正しく認識した上でマーケティングに取り組むこと。そうしたプレイヤーが増えていくことが、日本という特殊な環境を、いつか変えていく力になることだろう。少なくとも、僕はそう信じている。
理想に達するには時間がかかる。覚悟、それが一番大事。
ヴィッセルに対する批判の声としてあがっているのが、「本当にバルセロナ化したいなら、もっと時間をかけて長期的に見るべきだ」という意見だ。
これは至極もっともなことだ。優秀な選手や監督を集めれば済むわけではなく、チームに新しい文化、新しいコンセプトを浸透させながら、短期的にいきなりACL出場権や優勝争いをしようと考えるのはおごりでしかない。
前述のとおりのJリーグの特殊性なども考慮すれば、「チームに新しいコンセプトが浸透するまでの時間」「新しいコンセプトに基づいて勝てるようになるまでの時間」「勝てるようになったものを持続的に再現できるようになる時間」というように、時間がかかることは前もって覚悟しておくべきなのだ。
その覚悟を正しくしていれば、ひょっとするとリージョは辞めずにすんだかもしれないし、そうであれば今ほど大変な状況には陥っていなかったかもしれない。まあ、たらればだと、結果論だといわれればそれまでなのだが。
さて、マーケティングにおいても、なかなか理想通りに物事は進まないというのは現実としてあるだろう。
一方で、短期的な数字が求められるのは企業活動としてもマーケティングというポジションとしてもまっとうなことで、宿命ですらある。
だからここで言いたいのは、――ヴィッセルもそうなのだが――短期的に成績を残すためのアプローチと、中長期で理想に達していくためのアプローチをきちんと整理して物事を進めていくことが重要だ、ということだ。
それは当然、短期的な成績の最大化にはつながらないかもしれないし、中長期的な理想への到達を最短距離ではなし得なくなるかもしれない。
だが、いずれにせよ二兎を追いたいのであれば、最初から二兎を追うことによる効率の悪化や、時に生じる矛盾に向き合うことに対する覚悟を決めておくべきだ。
そうでなければ「二兎を追う者は一兎をも得ず」という古の格言の正しさをその身をもって体験することになるだろう。
世の中の多くは、理想通りにはいかない。ヴィッセルもしかり、マーケティングもしかりだ。
だからこそ理想を追うときには、時間がかかることも困難がふりかかることも、そして短期的な現実を乗り越えることも求められることを覚悟したうえで、そのすべてを受け入れ、正面から向き合っていくことが必要なのではないだろうか。
おわりに
本稿について、「たとえに無理がある」とか「サッカーを知らない素人だ」とか「お前の認識がそもそも間違ってるよ」と感じる方もいるかもしれないし、実際そうかもしれない。
今回書いた内容はあくまで、マーケティングの失敗って基本的な考え方が大きいよな、とか、日本ってややこしい環境だよな、といった個人的な意見の域を出ないものなので、ご笑覧いただければ幸いである。
最後になったが、新監督を迎えるヴィッセル神戸の今後の活躍と発展をお祈り申し上げたい。そして、僕と同じ年のイニエスタの活躍を、もっと見たい。