お正月の風物詩ともいわれる、箱根駅伝。
よく考えれば20kmを1時間程度で走るという、狂気の沙汰としか思えない行為に挑む総勢200人を超える大学生たちの姿を延々と往復約11時間も見るという、これまた狂気の沙汰としか思えないイベントなのだが、しかし多くの感動を年始早々に届けている。
だが、感動などは置いて冷静に見てみると、選手たちの努力の他に注目したいポイントがある。それは各チームの監督の間で繰り広げられる、戦略と判断、駆け引きとチームマネジメントである。
今日はそんなポイントについて書き綴ろうと思う。
持ちタイムの良さ、戦力をそのまま活かせるわけではないからこそ重要な戦略
箱根駅伝において監督の戦略が重要になる理由。
それは約20km×5区間×2日間というレースフォーマット、そして箱根の山を上り、下るという特殊区間に起因する。
見たことのある方であれば分かるとおり、1区間あたり20kmもあれば、区間ごとにコースの特性が変わってくる。
箱根山中の上り下りを除いても、たとえば花の2区であれば15km以上走ってきた後に待ち構える権太坂以降の上り坂が強敵となるし、その復路にあたる9区では逆にそこをどう下るかがカギとなる。
同じところを通過しても行きと帰りでまったく違うコースになるのだから、それぞれのコースの特性を考えて選手を配置するだけでも難しい。
そのうえ2日間あり、片道5時間半ある。
これがどういうことかというと、区間ごとに気温や気象条件が異なるうえに、その時時の条件が大きく影響するということだ。たとえば3区では海からの風が強敵となる場合があるし、7区は一気に気温が上昇する時間帯、区間となる場合がある。
こうした区間ごとの特性や気象条件を往路と復路あわせて10区間それぞれ見極めていく必要がある。
それに加えて、選手の力だけではなく、その時の調子、コンディションを見極めて配置しなければ、力を発揮できずに終わってしまう。
しかも難しいのは、力のある選手であればあるほど、もし配置を誤り、力を発揮できなかった場合、チームへのダメージは大きくなるということだ。
とどめを刺すのが、箱根の山だ。この上り下りは特殊区間なのだが、だからこそこの区間に適性の高い選手がいるかいないかで、(戦略的にいえばほぼ)すべてが変わってしまう。
こうした要素が重なり合うことで、箱根駅伝は、持ちタイムが良いチームがその戦力で押し切るということが難しく、緻密な戦略が求められるレースとなっている。
実際、2018年の箱根駅伝では、持ちタイムでいえば5000m、10000m、そして箱根駅伝の1区間あたりの長さとほぼ同じハーフマラソンのすべてにおいて持ちタイムでは圧倒的な東海大学が、往路で9位にとどまった。
そしてこのことは、重要な教訓を与えている。
つまり、「戦術=各区間のランナーの力、どう走るか」よりも、「戦略=各区間にランナーをどう配置するか」の方が重要だということだ。
1区間における戦術上のミスは、他区間の適切な戦略(選手配置)によってカバーできる可能性があるが、逆に戦略上のミスにより選手配置を誤れば、どれだけ各区間の選手ががんばったところで、良い結果は望めないのだ。
流れによって変わる判断、そして判断によって変わる流れ
ところが、戦略が完璧であれば勝てるわけではないのが、箱根駅伝に魔物が棲むといわれるいわれる所以だ。
もっともこれは箱根のみならず、駅伝という競技ならではの特徴だ。つまり、レースの流れというものが確実に存在する。
流れに乗れば選手が実力以上の走りを見せるし、流れに乗り損なえば、実力のある選手も呑まれてしまい、凡走を繰り広げることになる。
流れをどうつくるか、は戦略であり、選手配置の妙でもある。「流れに乗りやすい選手」「流れを変えられる選手」「流れを断ち切れる選手」をどう使うかということにもなってくる。
各区間の選手の判断によっても流れは変わることがあるし、力ずくで変えられる選手というのも稀ではあるが存在する。そうした走りや判断の積み重ねが、レースの流れとなっていく。
ただ、箱根駅伝が他の駅伝と違うのは、2日間あるという点だ。つまり、初日の往路の流れを見たうえで、翌日の復路の戦略を修正(オーダーを一定変更)することができる(この点についての詳細は後述する)。
ふつうの駅伝においては、各ランナーが順位や状況に応じて判断し、戦術的な修正をどれだけ積み重ねるかが勝負の分かれ目となり、戦略的修正をレース中に施すことは難しい。
だが、箱根駅伝は戦略レベルでの修正が(ある程度は)可能だし、往路の順位や流れによって、復路の各区間における戦術を事前に修正したうえでレースに臨むこともできる。
このように、流れによって判断は変わるし、判断によって流れは変わる。流れを引き寄せた者が勝つ。だからこそ、その流れをいち早くつかむために、往路、とくにエース区間である花の2区が重要視されるのだ。
つまり、戦略だけでは勝つことができない場合があるということだ。戦略が優れていても、流れを引き寄せられなければ勝つことは難しい。
流れを読み、引き寄せるためにどうするか。そのために必要な戦略の修正をいつどのように施すか。勝負というのはいかにも複雑なものである。
駆け引きと王道の狭間で揺れるオーダー
さらに考えなければならないのは、ライバルチームの動向だ。
流れを引き寄せたいのはどのチームも同じ、となると、勝つために重要なのは、他のチームの動向を踏まえたうえで、どのように自チームが流れをつかめるような戦略を立てるか、というところになる。
ライバルチームに比べて自チームが優れているのはどの部分だろうか。絶対的なエースの存在かもしれないし、箱根の上りや下りかもしれないし、つなぎ区間の安定感、選手層かもしれない。
箱根駅伝ならではの駆け引きが繰り広げられるのは、登録メンバーが16人、そして補欠から(往路復路合計)4人まで入れ替えが認められているというシステムによる。
12月29日に区間エントリーが発表される段階では、「エース隠し」が行われたり、逆に故障などで走れない(走る予定のない)エースを区間配置にあえて入れて他チームを揺さぶったりする。
区間エントリーでの他チームの動向をにらみながら、レースの流れを想定し、その流れを引き寄せるための戦略や戦術の修正を図るのだ。
だが、駆け引きがすべてではない。自チームのベストを出し切るべく、王道といえるオーダーを組み、力で押し切ろうとするのもまた戦略だ。
いずれにせよ、ライバルチームと駆け引きしながら、自チームの選手配置を最適化していくことが必要だ。まさに「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」なのだ。
勝敗を分けるコンディショニングとチームマネジメント
なにより本番での勝敗を分けるのは、それまでの準備だ。どのようにコンディションを整え、ベストメンバーができるだけ良い状態で本番を迎えられるようにするか。
どのチームも悩ませるのが故障者であり、とくにエースクラスのランナーに故障者が出た場合には、そもそも戦略的な選択肢が限定されることにもなる。
それだけでなく、エースに限らずいわゆる一軍と呼ばれるメンバーに故障者が多く出る場合には、チームのメンタルにも影響を及ぼし、流れを引き寄せるのが難しくなるだろう。
さらにいえば、チームにかかるプレッシャー、秋の他のレース(出雲駅伝や全日本大学駅伝、箱根駅伝の予選会など)の流れやダメージをどのようにコントロールするかなど、チームマネジメントの手腕が問われることにもなる。
優れた戦略も戦術も、実現できてこそ初めて意味を持ち、そうして流れを掴んだ者だけが勝者になり得るのだ。
そして、戦略や戦術を実現できるだけの力をどのように身に着け、その力を発揮できる状況をどのように導き出すかがチームマネジメントだ。
たとえば現在箱根駅伝4連覇中の青山学院大学の原監督の成功の影には、サラリーマン時代に培った戦略的思考やマネジメントスキルが大きく影響しているのではないだろうか。
感動の裏側ではこんなにも高度な戦略やチームマネジメントがある。僕はむしろ、こうした部分を見るために毎年箱根駅伝を見ている。
きっとものすごく冷めた目で見ているのだろうが、同じような目で見ている人の方が、箱根駅伝の話は盛り上がる気がする。
本当のおもしろさは、こんなところにあるのかもしれない。