<マーケティング基礎講座-Vol.1>近頃では亭主関白は嫌われると知っているか

<マーケティング基礎講座-Vol.1>近頃では亭主関白は嫌われると知っているか:アイキャッチ

ふと思い立ったのだが、マーケティングの基礎、とは何なのだろう?

「マーケティングを基礎から学びたいんです」と言われても、何を教えれば良いのか、何を知れば良いのか、見当がつかない。

といって親切心から無理やりマーケティングの基本について考察してみると、こういうザマになる。

結局、僕にできることといえばせいぜい、「孫子の兵法でも学んでみると良い」とか、その程度のアドバイスを送ることなのだ。

しかしなぜ、孫子の兵法なのか。最も大きな理由をあげるとすれば、その底辺に流れる「勝つためにどうすれば良いか」という考え方が、普遍のものだと思うからだ。

マーケティングは一種の戦争だ、といえなくもない。誰も死なないし、負けても切腹しなくてもいい。だけど、人と人が得たい何かのために争っていることには違いない。

そしてまた、勝つために必要な要素や考え方も――乱暴なくくりなのは承知のうえであえて言えば――共通するものであり、その考え方を身に着けるかどうかこそが重要なのだ。

だから、この「基礎講座」などと銘打った、大仰なシリーズ感を出したコンテンツでは、どんな考え方を身に着けると良いのかをマーケティングに携わる立場から考察してみたいと思うわけだ。

なにせVol.1などとつけてしまったので、今回だけで「基礎講座」が終わらないように祈りたいものだ。

亭主関白がモテる時代は終わった

さて、基礎講座の最初の質問だ。亭主関白な男がモテない時代になった、ということはご存知だろうか?

逆に、昔は亭主関白が「男らしい」とか「カッコイイ」とか「亭主はそうあるべき」とさえ思われていた時代もあろうことは、知っているだろうか?

その昔には、「関白宣言」などという曲が平気な顔してヒットチャートを賑わせていたのだ。ものすごく良い歌だが、最近だとひんしゅくを買う恐れのある歌詞だ。興味のある人は、その後出された「関白失脚」とあわせてチェックしてみてほしい。

本題に戻ろう。平成が終わろうとしている今、「亭主関白」などというのは死語に等しく、亭主関白を願う男性がいるとしても、実現することは相当に難しいことだろう。

もし無理をおしてでも理想を追い求め、亭主関白に振る舞おうものなら、「男女平等の時代に家事を手伝おうともしないイケてない男」などというレッテルを貼られてしまうことも、容易に想像ができることだ。

そう、残念ながら、亭主関白が(少なくとも)モテる時代は終わったのだ。

それは男らしさやかっこ良さの象徴ではなく、ただの「自分勝手な男」であり、今の時代はむしろ「亭主関白な夫に尽くす妻がスゴイ」というような話になるのが関の山なのではないだろうか。

亭主関白なマーケティングも終わった

では、次の質問だ。「亭主関白」なマーケティングが嫌われる時代になった、ということはご存知だろうか?

逆に、大量生産・大量消費の時代には「亭主関白」なマーケティングが王道であったということは、知っているだろうか?

そう、「自分たちが良いと思うものをつくり」「大量に広告費用を投下して宣伝すれば」それで売れる。まさに関白の振る舞いこそが、マーケティングの王道だったのだ。

しかし、時代は変わった。モノは飽和し、人々はいわれるがままに消費するのではなく、自分が本当に気に入ったもの、自分に合ったものを選ぶ時代になった。

さらにその流れに拍車をかけているのが、インターネットの普及だ。さまざまな商品を比較し、あるいは口コミをチェックし…と、簡単に多くの情報を入手することができるようになった。

市場の主導権は、企業から消費者に、あるいはサービス提供企業から顧客企業に移ったのだ。

市場が変わった。それはつまり、マーケティングの世界が変わったということだ。そしてそのことは、亭主関白なマーケティングの時代が終わった、ということをも意味しているのではないだろうか。

知らない間に亭主関白なマーケティングを進めてしまう、これだけの理由

しかし、時代が、市場が、マーケティングの世界が変わったことを知っていても、結局亭主関白になってしまう企業、マーケターは後を立たない。

そう、もはやモテないとしても、亭主関白な亭主は亭主関白なままだし、新たな亭主関白もまた生まれているように。

なぜそうなってしまうのか。いくつかの理由を考察しよう。

過去の成功体験

いちばんはこれだろう。特に年功序列の色が濃い日本においては、影響力のある立場の人間ほど、「過去の成功」を経験している確率が高い。

そしてその過去の成功体験が現在でも成功のため方程式だと信じて疑わない人すらいる。いわゆる思考が停止した状態なのだが、それに本人が気づいていないから悲劇が起こる。

過去の成功はすばらしいことだが、それを引きずってはいけない。現実を直視できなければ、時代遅れの亭主関白なマーケティングを進めることになってしまうのだ。

勉強・調査・理解の不足

ひょっとすると「亭主関白」が嫌われる時代になっていること、市場が変化していることに気づいてすらいないのかもしれない。

あるいは、大量消費から、自分に合ったものを選ぶようになっている顧客の購買行動の変化や、インターネットの影響力が大きくなっていることをはじめとする環境の変化に対する理解が乏しいのかもしれない。

これらは勉強不足、あるいは市場や顧客の調査不足や理解不足から生まれるもの、といえるだろう。

まちがった情熱

残念なのはこのパターンだ。別に亭主関白になりたいわけでも、なろうとしているわけでもないのに、結果的になってしまう。

それは「この商品はすばらしい」「絶対に消費者に必要なものだ」という情熱に基づいているのかもしれない。

だが、マーケターが思うほど、顧客にとって「すばらしいもの」でも「必要なもの」でもない場合というのは、ままあるものだ。

結果的にその情熱は、「自分たちの良さ」の押し売りになり、一生懸命顧客のことを考えているつもりなのに、何も分かっておらず、結果として亭主関白なマーケティングになってしまう。

亭主関白な亭主が愛想を尽かされた時に、「オレは家族のためにこんなに働いてきたんだ」と主張しても、まるで理解されない、というようなパターンといえるかもしれない。

「自分勝手」にならないことからマーケティングを始めよう

つまり、事実はこういうことだ。

亭主関白が市民権を得た時代は終わった。そしてまた、亭主関白なマーケティングが王道であった時代も終わったのだ。

ただし、亭主関白な亭主は自分が関白のように振る舞っていると気づかないことが多い。よしんば気づくとすればそれは、子育てが終わり、老後を伴侶と過ごそうとした刹那、突きつけられた離婚届を目にした瞬間くらいのものだろう。悲しいかな、人間とはなにかを失って初めて気づく生き物であったりするのだ。

話を本筋に戻そう。

同じように、亭主関白な――要は、自分勝手な――マーケティングをしているのにもかかわらず、当事者というのは意外とそのことに気づかないものだ。

だからマーケティングを進める際は、「自分勝手になっていないか?」ということは、常に問いかけなくてはいけない。そして少しでも不安に思ったら、他者の意見に耳を傾けることだ。

客観的な指摘は、時に耳の痛いものかもしれないが、現実を直視するチャンスを与えてくれる。そのチャンスをつかめるかどうかは、あなた次第なのだ。

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