オウンドメディアが日本で注目されるようになってから数年が過ぎ、マーケティングあるいはブランディングの施策として活用されることはめずらしくなくなってきている。
だが、その現実を見ると、お世辞にもオウンドメディアの本質を理解できているとはいえない例のほうがまだまだ多い。
たとえば、PVや検索順位といった指標が目標となっているメディアは少なくないだろう。もちろん、こうした指標は重要だし、指標として見ていることは必要だ。
だが、目標をそこに置いて、良いのだろうか。
そもそも、そのメディアの目的は、何なのだろうか。
「とにかくこのキーワードで上位を取りたい」…のは、なぜなのだろうか。
そんな疑問を禁じ得ない状況も、少なからず見受けられるのが現状だ。
オウンドメディアはその本質を理解した上で適切な目的を設定し、その目的に沿って一貫性のある運用を継続することで、本来の価値を発揮するはずだ。
しかし現実には、目先の施策や目標に縛られた世界の中で、「ちがうちがう、そうじゃ、そうじゃない…!」と言葉にならない叫びを上げながら利用されている。
あげくに「いらない何も捨ててしまおう」…と、使えないとみなされ捨てられてしまう。真の原因は本質の理解ができておらず、使い方が悪かったことにあるのに、それを反省するのではなく、「オウンドメディアは効果が出ない」という短絡的な結論に着地する。
これはオウンドメディアを運営する側にとっては「使い方が間違っていただけなのに、正しく使えば役立つ施策を否定する」という悲劇だし、オウンドメディアのコンテンツを見る側にとっては「本質的な理解もしていないメディアのコンテンツを読まされる」という喜劇かもしれない。
世の中の悲劇は、減らせるものなら減らした方が良いだろう。今回はオウンドメディアに何ができるのか、どんな目的を、役割をもたせればよいのか、あらためて考えてみようと思う。
オウンドメディアの目的、7つの方向性
では、オウンドメディアの目的にはどんな方向性があるのか。個人的な意見としては、以下の7つの方向性に整理することができるのではないかと思う。
1. 売上の増加
2. リードジェネレーション
3. リードナーチャリング
4. エンゲージメント
5. ブランディング
6. 認知の拡大
7. 世界観の啓蒙
そう、「PV」や「特定キーワードの検索順位」は目的たり得ない。もちろん、それを目標とする場合もあるだろう。
だが、その場合でも「本来の目的を達成できているか」を確認するための指標でしかないということを念頭に置くべきだ。
評価するべきなのは、数字ではなく、数字が表す意味――それも、目的達成に向けて持つ意味――なのだ。
だからこそ、この7つの方向性と、その評価軸を理解した上で、適切に目的を設定し、目的から逆算して指標や数字を追っていくことが重要になってくる。
また、現実に問題となっているなかには「目的は設定してあるが、運用していくうちに手段の目的化が起こり、結果として目の前の数字に振り回される」というパターンもある。
本質や目的設定の意味を正しく理解していないと、目的意識は時とともに薄れてしまう。そうして悲劇が起こるのだ。
まずは目的たり得る7つの方向性を理解しよう。そして、その目的を意識した運用と分析改善を重ねることができれば、きっと悲劇は起こらないことだろう。
パターン1. 売上の増加
他のパターンも、間接的にはこの目的、つまり「売上の増加」に結びつくことを意識しているのだが、ここであげるパターンは、直接的な売上貢献を指すと考えてもらうと良いだろう。
オウンドメディアを見たユーザーが、そのままECサイト上の商品を購入したり、契約手続きを進める、というパターンだ。
したがってこの目的で、売上に貢献するという役割をオウンドメディアに与えたい場合には、商材やビジネスが限定されることになる。多くの場合、指標として売上額やCPA(ユーザー獲得単価)、ROI(投資対効果)などを見ていくことになるだろう。
この目的でオウンドメディアを運営する場合は、最も注意が必要かもしれない。ともすれば、商品の宣伝ばかりになり、広告とさほど変わらないコンテンツがあふれ、ユーザーに敬遠されるメディアができ上がる…というようなことが起こりやすいからだ。
売上を上げるというこの目的において、追っていくべき指標は分かりやすいが、やるべきことは実はそう単純ではないのだ。
ユーザーに共感され、好感を抱いてもらえるストーリーや、行動を促すための適切なメッセージ、ストレスなく購入や契約にたどり着ける全体設計…。
「ただ商品をアピール」するだけでは見向きされないし、「良いコンテンツ」を並べるだけでは購入してもらえない。そのジレンマと戦わなければならないことを、覚悟して臨む必要があるだろう。
パターン2. リードジェネレーション
とくにBtoBにおいて多いのが見込み客・新規顧客獲得を目的とするこのパターンだ。
課題解決のヒントや、業務に役立つ情報をコンテンツとし、そのコンテンツからなんらかのアクション――代表的なものには資料のダウンロードやメールマガジンの登録がある――へと誘導し、見込み客リストを獲得するのが王道だろう。
この場合、獲得したリストをその後どうするのか、あらかじめ準備が必要となる。最近ではMA(マーケティングオートメーション)やSFA(営業支援システム)を活用したアプローチをする企業も増えているが、ツール導入自体が成功を保証するものではないので、注意が必要だ。
リードジェネレーションにおける指標は分かりやすくリードの獲得数ということになるだろう。その手前の指標として集客しているユーザー数や、その後ろの指標として、獲得したリードからの受注数や受注額などを置くこともある。
リードジェネレーションはオウンドメディアが得意とする分野であるが、獲得したリストをどうするか、他の施策やツールとの連携も重要となることを覚えておく必要があるだろう。
パターン3. リードナーチャリング
リードジェネレーションとセットで目的設定されることも多いのが、リードナーチャリング、つまり見込み客の育成だ。
見込み客を育成するにあたって、コンテンツは重要な役割を果たすことができる。ストーリーを通じ、企業やビジネス、商品に関する理解を深めることは、意思決定に重大な影響を及ぼすことがあるからだ。
この場合、少々複雑になるのが指標の設定だ。単純なところでは、既存のリードリストと突き合わせてその訪問数をカウントする、ナーチャリングの各フェーズにおいて資料ダウンロードやLP訪問などのアクションを定義し、そのアクション数をカウントする、といったところがあげられる。
だが、それ以外にもページ滞在時間や読了率といったコンテンツの閲覧状況を評価する、あるいはアトリビューション分析が必要になる場合もあるだろう。
重要なのは、見込み客がオウンドメディアとの接触を通じ「理解を深めているか」「好感を抱くようになっているか」という点だ。
データから分析できる面も重要だが、新規顧客へのヒアリング等を通じた定性面での評価も重要視するべきかもしれない。
パターン4. エンゲージメント
ファンをつくる。あるいは顧客のロイヤリティを高め、ロイヤルカスタマーやアンバサダーを形成する。
いまやマーケティングにおいてもブランディングにおいても重要なエンゲージメントの獲得や強化は、オウンドメディアと相性の良い分野のひとつだ。
共感を生むストーリーや、ユーザーの興味関心に沿ったコンテンツを通じ、あなたのブランドや製品、サービスのファンを獲得することができる。
しかも、獲得して終わりではなく、継続的なコミュニケーションを通じ、よりエンゲージメントを高め、彼らが新しいファンをつくり出してくれる可能性さえあるのだ。
エンゲージメントという観点では、生活、あるいは業務におけるあらゆる接点でのコミュニケーションを強化する必要があるだろう。
このため、オウンドメディアだけにその役割を担わせるというよりは、主軸や起点として活用しつつ、SNSやメールマガジン、オフラインのイベントや店舗での販促など、さまざまな施策を連動させていくケースが多くなるだろう。
この場合も目標設定が難しい場合がある。単純にSNSのフォロワー数やエンゲージメント数、イベントやコミュニティへの参加者数などを置くこともできる。
ただし本当に重要なのは、マインドシェア、あるいはプレファレンスと言われるような、ファンの脳内におけるブランド、製品、サービスなどの立ち位置であり、アンケートやインタビュー、はたまた脳科学的アプローチなど、正しく効果を評価するためには非常に多面的なアプローチが必要になる。
エンゲージメントは数字だけに現れるものではない、という前提に立って、どこまでを定量化して計測するのか、定性面についてどのように評価するのかをあらかじめ定めておくことが重要だろう。
パターン5. ブランディング
ブランドの価値向上のために、オウンドメディアを活用することもできる。
たとえば、ブランドの認知を拡大し、ブランド想起率を高めるためにコンテンツを発信し、ブランドについて知ってもらうために活用するという方法はもっともわかりやすいだろう。
あるいは、製品やサービスの裏側にあるブランドメッセージを発信し、共感を得ることにより、ブランド価値を高める――簡単に言えば、憧れられる存在になっていく――というようなことも可能だ。
ブランドを認知する人が増え、想起率が高くなることも、ブランドイメージへの理解・共感が増えることも、差別化要因を訴求してブランド価値を高めることも、すべてブランドやビジネスの成果に貢献することだ。
ブランディングもエンゲージメントと同じく、正しく効果を計測するためには、多面的な評価が必要な分野だ。ブランド価値と正しく向き合うためでは、人の潜在意識の中にどれほど入り込んでいるかという点から逃れることはできないからだ。
一般的に行われるブランドイメージに関するアンケート結果などをもとに指標を置くこともできるだろうが、「アンケートはウソをつく」という面もあり、必ずしもブランドへの評価の本質を指さない場合もある。
したがってブランディングを表面上の行動や回答、数字で評価するのには限界があることをまず理解するべきだ。
そのうで、ブランディングにおけるオウンドメディアの役割を明確に定義し、その役割を十分に果たしているかどうかをどう評価するのか、定量面・定性面の双方からバランスの取れた基準を設定しなければならない。
オウンドメディアに限った話ではなく、ブランディングに対する評価やその効果計測というのは難しい面があることをあらかじめ理解しておこう。
パターン6. 認知の拡大
自分たちの企業・商品・ブランドに関する認知を拡大するためにオウンドメディアを活用する。これは一般的によく見られている目的かもしれない。
コンテンツを通じ、ターゲットユーザーの興味関心に基づいた形で接触し、認知してもらうことは、オウンドメディアが得意としている面だからだ。
ただし、認知の拡大をどのような指標で評価するかについては、十分考える必要がある。
PVやUUのような、よくオウンドメディアの分析で重視される指標は「オウンドメディアによって認知をどれくらい拡大できたか」を指すものではなく、「オウンドメディアにどれだけの人がやってきた(どれくらいのコンテンツが見られている)か」を示すものだ。
認知拡大の初期においては、まずオウンドメディアを「人が集まる場」とする必要があるため、こうしたざっくりとした規模感を目標に置くのも良いだろう。だが、いつまでもそれで良いわけではない。
「認知を拡大したい」のであれば、「何をどのように認知してほしいのか」が定義されているべきだ。
その「何をどのように認知してほしい」が「誰に、どこまで拡大したのか」こそ目標に置くべきポイントになる。
たとえば、「特定の(認知してほしい内容が存在する)コンテンツの閲覧数と読了数」や「オウンドメディアのコンテンツから発生した自社・ブランド・商品に関するポジティブコメント数」、「オウンドメディアから自社・ブランド・商品ページへの訪問数」などがあげられるだろう。
目的を適切に設定し、その達成状況を評価するためには、まずは「認知」を定義することから始めなければならないだろう。
パターン7. 世界観の啓蒙
ブランドやビジネスによっては、戦略PRで行われるような「世界観の啓蒙」や「世論の醸成」のためにオウンドメディアを活用することもあるだろう。
とくに新たなブランドや商品を世に放つにあたっては、人々のルーティンを変える必要があるケースもある。
たとえば、「掃除をする際にニオイ取りスプレーも一緒にかければいい」と言われても面倒だと多くの人は思うかもしれない。
そうした場合に、「一緒にニオイ取りスプレーをかけて快適な空間にすると、子どもがこんなに喜ぶ」というような世界観をコンテンツを通じて啓蒙するというアプローチを取るケースもあるだろう。
また、BtoBであれば、「企業は働き方改革に真剣に取り組むべきだ」というような世論を醸成したうえで、世論の圧力に対応する企業をサポートするというような形で、自社のビジネスを拡大していくアプローチもあり得る。
このような世界観の啓蒙や世論の醸成といったアプローチは、ますます重要性が高まっている一方で、オウンドメディアが一定の影響力を持つ必要があることから難易度が高く、また効果計測が難しい。
しかし逆にいえば、オウンドメディアが世界観の啓蒙や世論醸成を成功させるほどの力を持っていれば、マーケティングやビジネスを成功させる要素として、非常に大きな価値を持った資産となっているといえるのではないだろうか。
オウンドメディアに期待する役割に基づいた、適切な目的・目標を設定する
ここでは7つの方向性を取り上げたが、これらを1つのオウンドメディアに複数設定することももちろん可能だろう。
だが、最初からあれもこれも追いかけるのは――よほどのリソースがあれば別だが――おすすめできない。
まずはビジネス、マーケティングにおいて期待する役割を1つ設定し、その役割に基づいたオウンドメディアの目的を設定しよう。
オウンドメディアが効果を発揮できるまでには時間と手間がかかることが多い。その間に当初設定した目的を見失わないよう、戦略的に運用を行うことも必要だ。
とくに運用において重要なのが、目的に沿った中長期の目標(ゴール)と短期的な目標を設定し、その目標達成のための指標を整理すること。これがいわゆる、KGI設定とKPI設定になる。
中長期の目標設定だけでは結局目標を見失ってしまい、目の前の指標に振り回されることになりがちだ。一報、短期の目標設定だけでは、目標達成に向けて講じる手段の目的化が起こりやすくなり、やはりこれも目的を見失いがちになる。
ゆえに、両方とも設定してあることが必要だ。中長期は3年とか5年、短期は6ヶ月~1年程度で設定していくと良いだろう。
こうして、オウンドメディアに果たしてほしい役割に沿った、目的を明確にし、その目的達成のための目標とその下の指標を整理しよう。
そうすれば、オウンドメディアを無駄に縛りつけたあげく見捨てるという悲劇を起こさないですむ確率を大きく上げられる。
そうしてオウンドメディアが本来の価値を発揮するようになれば、あなたのビジネスやマーケティングが成功する確率もまた、大きく上げられることだろう。